あおい夢工房 五島うどん~美の殿堂

母の介護が中々うまくいかない時五島を思い出します 

少しづつでもより良い日々に奈留ことを願いこのページを立ち上げました

お雪ちゃんの五島愛から絵画 陶芸作品を通して殿堂入りする気持ちを捧げます

およそ 五島愛のラブレターのようなページとなります 

五島 奈留島 千畳敷  美術家 立花雪 Yuki Tachibana
五島 奈留島 千畳敷  美術家 立花雪 Yuki Tachibana

和の気持ちで作品構想中…

気持ち込めます こうご期待?!

ところで…

五島うどん食べたことありますか?

 

五島手延べうどんは 島に自生する椿から採れる

最高級椿油や島の良質の天然塩を使い

潮風による自然乾燥を行っているそうです

細くて おうどん!? と最初は感じても

そこがポイントです!!

細く手延べしてコシが強く

湯につけ過ぎてものびないのが特徴

 

風味とこしの強さは『日本三大うどんの一つ』として好評です

 

様々な料理方法があってあきないと感じます

どんどん広まっている気配

素晴らしいですね!!

 

 

写真は奈留島の千畳敷を眺めているところです

絵画では再生や生命の邂逅など

良くモチーフとして描いております 

 

 

 

片倉シルク記念館で展示 立花雪 Yuki Tachibana
片倉シルク記念館で展示 立花雪 Yuki Tachibana

かんころもち!!  お正月時期に贈られてきた

手作りのかんころもち

は幼い頃から食べていて大好きでした

 

五島の事はその時知らかったんですが

懐かしいお味です

 

歴史深いのですがサツマイモを薄く切ってゆで

天日に干した『カンコロ』を原料に白モチとまぜあわせてつき上げたのがカンコロモチ 保存食用として作られ今では正月時期を中心に農家をはじめ各家庭で作られています  優しい気持ちになりますよ 召し上がってみてくださいね!!

先日ある資料から埼玉県の方で

キリシタンの繋がりを知りました

ネットではご先祖様といっしょ 

と検索しますと、ナポレオン

勝海舟 リチャード三世…

そして中浦ジュリアンがご先祖様の

小佐々学さんがご紹介されていました!!

 

 

実は筆者の資料では有名人

獣医学博士で近源氏佐々木氏系図では

小佐々氏は宇多天皇を太祖とする近江源氏 宇多源氏…… 

日本人として初めてヨーロッパを公式訪問するため派遣された四人の少年使節のひとりが

中浦ジュリアン 小佐々学さんのご先祖様です

13歳から14歳くらいの使節 まず長崎を出港し

マカオ マラッカ ゴアに寄港し アフリカ南端の希望峰を回り2年6か月かかってポルトガルのリスボンに上陸 その後 ポルトガル スペイン ローマ イタリア各地を公式訪問し 

この間にスペイン国王フェリペ二世 ローマ教皇グレゴリオ13世 ベネチア大統領との謁見 

 

ローマ議会で市民権を与えられるなど王侯貴族の子弟として待遇され 各地で大歓迎を受けている

使節はヨーロッパに1年8か月滞在した後輝かしい名誉と栄光に包まれてリスボンを出港

再び希望峰を回って2年4か月かかってマカオに到着している

その後…キリシタンの歴史の渦が中浦ジュリアンを…

 

筆者の知る本には中浦ジュリアン像と並ぶ小佐々学さんの穏やかな写真があり

小佐々学さんが中浦ジュリアンと共に使節として旅した仲間の系図の足跡も丁寧に残されています

中浦ジュリアンが肥前国中浦 長崎県東彼杵郡西海町中浦の領主の子で父親の名が甚五郎であること以外

ほとんど知られておらず『中浦(地名)』の『ジュリアン(洗礼名)』という以外は不明とされ

その出自は長い間『謎』とされてきた そこから家系研究に励まれ太祖が宇多天皇とする近江源氏…

中浦小佐々系図 中浦領主小佐々の子孫 中浦殿と呼ばれた家系と判明

大村城下で家臣団入り大村藩士として幕末を迎えたそうです

 

さらにこの真意を確かめるため近江源氏全三巻の著者近江源氏研究の第一人者

近江八幡市在住の故田中政三さんに問い合わせ

小佐々氏が佐々木大原氏の後裔であることは間違いないこと

また 近江国から佐々木満信が消えた時期と肥前下向の時期が一致していることからも

極めて信頼性の高い系図であることのお返事までいただいています

…そしてまだまだ佐々木学さんのあくなき追求と研究が記されているのですが

是非キリシタンのお話各機関メディアで伺えたら幸いです

 

埼玉県や近隣の県 色々と諸説聴きますが

こうして研究されているご子孫の方が埼玉にいらしたんですね!! 

素晴らしいことと感じ 愛を込めて埼玉、近隣の県の皆様は勿論 

遠く 五島 長崎の皆様にお届けいたします

 

筆者が初めて教会を訪れた日

幸運にも中へ入ることが出来る日で

スムーズに建物の中へ

 

今見てもこの資料のみですが

美しい綺麗な内装です

 

静かに心穏やかになれる気がします

 

 

最近も五島を想い構想しています

まだ始まったばかりですが

色々考えさせられます

 

異国の文化が交流した地点

和を想い…ジパング

そこに繋がる軌跡を様々感じております

 

 

わからん料理といいますが最近熱心に宮脇淳子先生のお話CGSを聴くたびにこんらんするのは

 

トルコライス諸説あるのでしょうか…

南蛮料理にも出てくるトルコライス…ルーツは?

北狄 匈奴 韃靼 突厥 鮮卑 ウイグル 遊牧民族にはトルコ系

古代アジアのモンゴル系 タタール 南ロシア トルコ フン…

トルコライスは果たして…西じゅう チベット系 ないし トルコ系諸民族

大陸はすごい広くて異文化が

どう日本ジパングへ辿り着いたのか… 家系図のそれが更に倍増し

文字のルーツも広いものなんですね 

恥ずかしながらお勉強しております 絵描きとしては様々な人生 

文化を遠くから触れるのがやっとですが

 

命の尊さ しあわせの在り方を考えますと興味深い日々です

 

日本人としてひらがなや カタカナに出会えたことは 

それこそ当たり前のようですが

極めて尊い真実ではないだろうかと感謝しております

 

サヌーさん先日はとても美味しかったです

母の事よくお話聴いてくれて

お忙しい中助かりました!!

 

五島から旅に行って帰るとお土産話と

少しの手土産で談笑したり

島の事はそんなに詳しくは知らないけれど

サヌーさんは楽しくお話聴いてくれました

 

カンコロモチ持って行ったような気がする

でも随分まえだったからなぁ

五島は異文化のお料理の交流地点

筆者は五島うどんも大好きなので今度ご家族に

是非食べてもらいたいです 

チャイも大好き ラッシーも大好き 茶道も身近に少々たしなみ お抹茶大好き!!

筆者も陶芸という しかも 穴窯という自然が織りなすわびさびの芸出に触れていますので

似つかわしくないかもしれませんが 必死にお勉強したりしています

まだまだ こちらの方は修行中ですが 気軽にお抹茶たしなんだり 

きっと五島の皆様も親しまれていると想います  日本って素晴らしいですね!!

いつか お抹茶五島で飲んでみたいです

奈留島にも穴窯 薪の窯が!! ひみこ窯もよろしく!!

始まり…歴史解釈の必要性      その後の人生解釈

織田信長や千利休 豊臣秀吉 徳川家康

それぞれの対立…

天草四郎 島原の乱 

スペイン ポルトガル 

キリシタン大名とサムライのキリシタン 

 

オランダとイギリス 豊臣秀吉 徳川家康…

 

対立関係の背景には 当時キリスト布教の中

他宗教を認めず キリシタン大名やキリシタンの中で神道や仏閣崩壊、

反抗する人々は人身売買

奴隷として扱われ

他国による植民地支配の恐れから

徹底的な弾圧をしたという事情

 

そうですよね… 

確かに日本文化を守るために必死だった

キリシタンで真面目にキリストの教えを守っていた人の中には

この動乱の世の先希望を見失い

棄教せず死後すら平和に暮らす

幸せな世を願い想っていたのだと感じます 

 

まさかキリストもブッダも

こんな形で宗教というものを 政治的利用されるとは考えなかったでしょう

 

 

また26聖人殉教から更に激しさを増す弾圧…

簡単に死なないように苦しむ方法で処刑するよう

命じたのが仲間ともいえるキリスト布教の

スペイン人であったことにも衝撃ですが

犠牲者にはやはり同国のスペイン人もおり

すでに仲間と思われていた中で思想や考えの違い

はあったのですね …

植民地にしたいという諸外国とその意思とは別に

人としての拠り所教えを守りたい人々の相違…

 

世界遺産決定までの流れでは

教科書にかけない真相より 日本がキリシタンを政治弾圧考慮の背景でしたが 

織田信長~キリスト布教

キリシタン大名 キリシタンの一部が起こした出来事は重大事実 

植民地に人身奴隷売買 ネット社会でもなければ情報確保も今よりもっと難しい時代

そんな事実信じないという人で溢れたはずです

現代は逆に真実を変えて報道してしまいますが…どちらが良いのでしょうか

命がかかっています…

 

スペイン ポルトガルの計画としては

宣教師派遣 キリシタンの数を増大 軍隊を送る 内通者をつくり 日本内乱…のちに ちゅうごくへ?

どちらにしても 大航海時代に起きた悲惨な歴史があり

教訓として学ぶ尊い場所が世界遺産であると感じております

 

26聖人が殉教した事とは このように死することが

英雄のように植え付けるためだったとも…栄光のような死…

植民地計画の為抗う …そんな誰かの野望の中で歴史の犠牲者が

いまだかつて 始まりより 後の事がすべての根源と考えられますが

織田信長やその子孫 ローマ教皇に 事の真相を尋ねるよりは

キリシタンの記憶のない世代に向けられる歴史解釈であります

 

改宗し知らない世代 母も知らないですし仏教ですし 

五島には神道もありますし 宗教の話はあまりしないんですよね 実は

何世代くらいから遠のいたのか…

本来はもっと親しみやすい場所で だからこそ 歴史解釈が難しいと感じます

もうあの時代ではないけれど 観光としてはキリシタンと教会が大きいわけです

 

実際お詳しい方は現地に行き イメージと違うなと感じたはずです

けれど長年に渡り

異国情緒や文化にも理解はあるし 昔の時代とはかけ離れた人生

 

 

ただ このような植民地にまつわる不幸な歴史を繰り返さないためにも

負の部分も受け止め純粋な教えと向き合えるよう

教訓を忘れてはいけないという事ですよね そうでないと政治利用されやすいともいえるそうです

今私たちが信仰の自由があるのも 平和な世があるから

それぞれの先祖の死を無駄にしないよう供養のつもりで書きました

 

雲路の果て…

悲しみのために生きていたわけではないのだから

 

 

沈黙 サイレンスの感想で

外国の方が踏み絵はひどいけれど

そうやって 

日本文化を守ったんだねって

 

 

純粋さとの対立 背景知らず痛みの中で死に至り

残虐なまでの欲望の果て 野望の果て無残な死

どれも人間のしたことの果て

 

尊い命の奪い合い 繰り返さないために