炎と楽園のアート

違う視点

良く話の中で何が基準で普通か普通じゃないか

何が基準で自由か不自由か

何が基準で責任か無責任かと話題になっていたりする。

 

基準なんてないんだろうな…夢狂さんと会話してきた日々。

無責任でいいと話す人も本当は責任を日々感じてたりするのかも。

 

惹かれるというのは不思議なもので相反することの中に

真実に似た部分があって無理でも

理解したい、されたい

そう本音は望んでいるのかもしれない。

 

思いが深いと摩擦が生じるし

言葉は難しい。

 

昔はトラブルが起きると自分が話をつけていった。

 

何か多めに背負ってしまい

二度と繰り返さないよう頑張っていた。

頑張りすぎた時止めるのは姉で、

 

いなくなってからは自分で距離をとり

距離を取るのが感情を抑える方法となりました。

 

 

無責任な生き方とは

余程の事柄を超えたからこそなのか

何も意味はないのか。

その差もないくらい曖昧な…。

 

時々考えたりしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小林夢狂 MukyoKobayashi
小林夢狂 MukyoKobayashi
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